日時:
2023年1月9日 @ 10:00 PM – 10:30 PM
新春 伊奈利 開運 ご縁繋ぎ 『イナリミッション』発動! あけましておめでとうございます。 2023年もよろしくお願い致します。 毎年、新春企画を開催していますが、勿論、今年もやります! 今年があなたにとって素晴らしい年になるように、企画を温めていました。 今年の企画は、開運だけではなく、楽しさの要素も入れて しかも、どんでもないパワーを秘めた存在とご縁を繋いできています。 申込みはこちら! 今回の企画では、まずは伏見稲荷について知って頂いた方が 理解が早いので読んで下さい。 ⇩ 【稲荷神社の総本山・伏見稲荷大社】 古代氏族の秦氏(はたうじ)の氏神。 秦氏は新羅(朝鮮)から渡来した集団で、当時の日本からすると 卓越した技術を持つ技術者の集まりでした。 秦氏は、日本に須恵器(陶質土器)や養蚕・機織りの技術、酒造に医療技術、 そして優れたタタラ製法(製鉄)など様々な技術をもたらします。 その秦氏の氏神が伏見稲荷大社で、 主祭神が宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です。 伏見稲荷大社はもともと「伊奈利(いなり)社」と呼ばれていたそうで、 『山城国風土記』にはその起源がこう記されているそうです。 秦氏の祖先である伊呂具秦公(いろぐのはたのきみ)は裕福な一族でした。 その事を自慢し伊呂具はいつも偉そうにしていました。 そんなある日の事、伊呂具が餅を的にして矢を射ったところ、 その餅は白鳥になって飛び去り山頂に降り立ちました。 すると不思議な事にその地に稲が生えてきました。 それからというもの伊呂具の家運は傾き始め、 伊呂具はこれまでの傲慢な自分を深く反省し、稲が生えた地に 「伊弥奈利(=稲成り)」の神社を祀りました。 更に「伊奈利(いなり)社」を「稲荷」と記すようにしたのは 空海という説もあります。 また、東寺真言宗の東寺の造営に苦心していた空海に、伏見稲荷が加勢したことで、 事は順調に運び、これ以降、東寺の鎮護神として 現在でも伏見稲荷大社と東寺とは深い関係が保たれているそうです。 ちなみに東寺は平安遷都とともに建立された、国立の寺院です。 つまり 国を護るお寺(東寺)を護ったのが伏見稲荷なんです。 【狐とイナリについて】 古代には「春に山の神が里に降りてきて田の神となり、 秋に収穫が終ると山に帰る」という信仰があったそうで、 狐には山と里を行き来するという習性があった為、 狐を「田の神様」として扱っていたのが、 後に狐が稲荷の使いとされる。 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の別名が 御饌津神(みけつかみ)であり、みけつの「けつ」が 狐の古名「けつ」に想起され、「三狐神」となった。 伏見稲荷には夫婦の狐を祀った社もあります。 それが、命婦神(みょうぶしん)です。 命婦神は空海さんの弟子の書いた書物『稲荷流記』に出てきます。 その内容は、 平安初期の弘仁年間(810~24)に平安京の北郊・船岡山 の麓に棲む年老いた白狐の夫婦がおりました。 この狐夫婦はとても善良な狐で、 いつも世の為人の為に尽くしたいと願っていました。 ですが獣の身であり、その願いを果たす事は出来ないでいました。 そんなある日の事、狐の老夫婦は五匹の子狐を伴って稲荷山に参拝します。 そしてこうお祈りをしました。 「本日より御社の眷属となり、神のお力を以てこの願いを果たしてください」 すると社が大きな音を立て、稲荷神の御神託が下りました。 「あなた達の願いを聞き入れました。只今よりこの社の仕者となり、 参詣者や同じ信念を持つの仲間たちを助け、慈愛の心を以て接しなさい」 それからというもの狐の老夫婦は稲荷山に移り住み、 信者の前に直接、あるいは夢の中などに間接的に姿を現して人々を導くようになり、 人々の間で「告狐(つげぎつね)」と呼ばれるようになりました。 ちなみに夫狐は小薄(おすすき)、 妻狐は阿古町(あこまち)という名前を稲荷神から授けられたのだとか。 はじめ、この夫婦は稲荷社の上社(一ノ峯)に夫狐、 下社(三ノ峯)妻狐が仕えるようになっていたのだそうです。 が、その後の明応年間(1492~1501)に書かれた『遷宮記』によりますと、 稲荷社の上社には夫狐、中社には黒烏(くろを)、 下社には妻狐がを祀った末社があったとあるそうです。 更に妻狐の下社が移動となり現在の白狐社 (祭神 命婦専女神(みょうぶとうめのかみ))になったそうです。 この老狐夫婦が元居た船岡山には建勲(けんくん)神社があり、 その中にある稲荷命婦元宮は伏見稲荷大社命婦社の 親神「船岡山の霊狐」を祀っているそうです。 建勲神社は明治時代に作られた神社ですが、 末社の義照稲荷社や稲荷命婦元宮は秦氏の守護神として 古くからこの地にあったそうです。 【八幡神社も秦氏が】 秦氏は、3~4世紀頃に新羅(朝鮮)から渡来したと言われていますが、 まず福岡に上陸し、宇佐八幡宮の元宮である矢幡八幡宮を創建します。 なんと全国 約25,000社ある八幡神社も秦氏 ちなみに 宇佐神宮、石清水八幡宮、筥崎宮の三社が日本三大八幡宮とされる。 そして イナリ神社に関しては、 全国 約30,000社 あり、小さなお社を入れると 膨大な数になり握握できないくらいである。 全国神社数の1位がイナリ社、2位が八幡社で なんと、秦氏は全国の神社の半数以上を占めているのです。 ということで、イナリの凄さをご理解頂けたかと思います。 そして、私の2022年の動きは、まさに、八幡神の足跡を辿る動きでした。 […]