【2024年8月の神社ツアー⛩は金華山 黄金山神社に1泊します!】

日時: 2024年8月19日 @ 8:30 AM – 2024年8月20日 @ 10:00 AM
場所: 金華山 黄金山神社, 日本、〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜金華山5

【8月の神社ツアーは、金華山 黄金山神社⛩】     2024年8月の神社ツアーのお知らせです。   行き先は   宮城県 金華山 黄金山神社⛩ (きんかさん こがねやまじんじゃ)     【日時】 2024年8月19日(月) 午前8時30分   女川町離島航路ターミナル港 集合   👇 【集合場所住所】 〒986-2264 宮城県牡鹿郡女川町海岸通り7番地 参加費無料(船賃、宿泊費別途必要)       【御祭神】     金山毘古神・金山毘賣神 大綿津見神(おおわだつみのかみ) 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ 仏号・辯財天) 外二柱     【由緒】     今から凡そ1270年前、聖武天皇の御世 天平21年(西暦749年)に、 陸奥の国守百済王敬福が朝廷に黄金を献上しました。 大仏建立に黄金を必要としていた天皇は大いに喜ばれ、 年号を天平勝宝と改められました。   この史実は、我が国最初の産金として有名なことであり、 この祝事に因み、同2年牡鹿連宮麿等が相議り国守に請願し、 秀麗の地金華山に金を司る金山毘古神 (かなやまひこのかみ) ・ 金山毘賣神 (かなやまひめのかみ)を奉祀し神社を創建したのが、 金華山黄金山神社であります。   中古以来、神仏習合時代は 辯財天 (べんざいてん)を守護神として、 別当寺を金華山大金寺と称し多くの信仰を集め、 女人禁制を敷きました。金華山大金寺は、平泉の陸奥守藤原秀衡公、 石巻城主葛西三郎清重公等、時の権力者により多大の御寄進を受け、 荘厳美麗を極めました。   即ち、 東奥の三大霊場 (出羽三山・恐山・金華山)として 修験者が次々と来山し、修行を積んだ者は、金華山信仰を 各地で広めていったのです。   また、金華山は、江ノ島・厳島・竹生島・天河と共に 日本五大辯財天の霊地ともされます。     天正の乱の兵火による焼失後も、下野国岩倉の僧成蔵坊長俊 (栃木県日光山の僧正)により大金寺は再興され、 代々真言宗にて祭祀が奉じられました。その後、 伊達政宗公を始め伊達家累代の熱心な崇敬のもと、 年毎に隆盛をきたしました。   そして明治2年には、神仏分離令により、 仏号を除き黄金山神社と復古し、女人禁制も解除されました。   この際、御祭神も金山毘古神・金山毘賣神の二柱とし、 頂上奥殿(奥ノ院)大海祇神社(おおわだつみじんじゃ)の 御祭神には大綿津見神(おおわだつみのかみ) ・市杵島姫神(いちきしまひめのかみ 仏号・辯財天) 外二柱が奉祀されました。   ホームページより   ということで、日本五大辯財天の金華山に 行きます。   今回は、黄金山神社に一泊します。 神社に泊まると、翌朝「一番大護摩祈祷」に 参列することができ、大祓詞を神主とともに奉唱し、 護摩木の火を焚いてご祈願することができます。   世俗のにぎやかな世界から一歩遠ざかって、 全くの自然の神秘に囲まれた霊島の神域で、 一泊することは、単に身体と精神がリフレッシュされるだけでない、 本当のご利益が授かるものと思います。   古くから参籠(さんろう)として伝統を備えている 金華山黄金山神社の宿坊に泊まることは、 素晴らしいことなのです。   宿泊費は、 1泊 12,000円(一人) そして、金華山は島なので、島に渡る船の船賃が […]

【7月の神社ツアーは徳島。天岩戸立岩神社⛩】

日時: 2024年7月18日 終日
場所: 天岩戸立岩神社, 日本、〒771-3203 徳島県名西郡神山町鬼籠野

【7月の神社ツアーは、天岩戸立岩神社⛩】     2024年7月の神社ツアーのお知らせです。   行き先は   徳島県 天岩戸立岩神社⛩ (あまのいわとたていわじんじゃ)     日時 2024年7月18日(木) 午前9時 鳥居⛩前集合 〒771-3203 徳島県名西郡神山町鬼籠野元山746 参加費無料   【御祭神】 志那都比古神 志那都比売神 弥津波女神 【由緒】 創建年は不詳。標高650mの元山の山頂に鎮座。 立岩神社の御神体の巨岩は古事記や日本書紀に登場する 天岩戸とする説があり、天岩戸立岩神社とも 呼ばれている。 しかし、その別名は、阿波古事記研究会の 独自解釈による設置看板によるもので 伝承される社号ではない。 鳥居をくぐり、200mほど進むと神社の 御神体である天の立岩があり、 神社の後ろにある大きな岩が二つに割れている 様子は岩の扉のように見える。   Wikipediaより   ということで、ここが天岩戸なのではないかという 説がある場所です。 御祭神に 弥津波女神 を祀っているところも興味深い点です。 特に、徳島は謎が多い場所でもあるので、 このような神社を巡ることによって、 日本の本当の歴史を知るキッカケに なると思います。 今回も、移動して、いくつかの神社に 行く予定をしています。 あなたのご参加お待ちしてます。     このイベントは 自由参加、自由解散です。 ご自身の都合で、離脱して頂いて構いません。   申込みはこちら!

【瀬織津姫ミッション(鳳凰編)参加者募集】

日時: 2024年7月6日 @ 9:00 PM – 10:30 PM

【瀬織津姫ミッション(鳳凰編)】         2024年も半年が過ぎようとしています。   スピリチュアル業界では、2025年7月に何かが起こると、 騒がれていますね。今年1月1日には、私の地元石川県で、 火事や津波も伴った、大きな地震がありました。 未だ、復興のスピードは遅いです。 今年の後半は、どうなっていくのでしょうか。   私の昨年は、瀬織津姫の足跡を辿りまくった 年になりました。おかげで、瀬織津姫からは、 神仏応援活動をサポートしますという、有難い お言葉もいただきました。   私は、今日まで、全国の神社仏閣、パワースポットを 2000ヶ所以上、巡って来ています。 それは、現在進行形でもあり、 また、チャネラーであるという側面もあり、 全国の神様や仏様たちとのコミュニケーションも とってきました。     神仏からのメッセージにおいては、誰にも言えない ような内容のメッセージも沢山、ありました。 なので、今まで私の身近にいる人でさえ、 これらのメッセージを知っている人は、ほぼ、 いません。 これは、メッセージの内容によって、聞いた人を 不安にさせてしまう事が嫌だった為です。   例えるなら、家族に末期がんの人がいて、 余命がほぼないと、ドクターに言われ、 それを、本人に伝えずにいるのと、似て いるのかもしれません。   それが、本人の為だと。   ですが、もしかすると、本人が奇跡を起こし、 復活するかもしれないと思ったのです。 その為には、今の現状がどうなっていて、 最悪の場合、どうなるのか。 そして、わずかな可能性として、 どんな事が可能なのかを伝える必要が あります。   つまり、それが、 瀬織津姫ミッション なのです。   そして、わずかな可能性として、 私たちにできる事に、瀬織津姫が関係しているのです。   このミッションに参加すると、 私が、今まで伏せてきた情報を、リアルタイムに 知る事ができます。 そして、このミッションに集まる仲間ができます。 これは、今後の地球が変化していっても、心強い 仲間になります。これは、あなたにとって、 大きな安心に繋がります。   このような、経緯から、地球の為に貢献したいという 『気持ち』がある方で、情報、仲間、安心が欲しい方 に参加して頂ければと思っています。     これは、地球の為に貢献する目的でのミッションの為、 情報だけが欲しいという方は、参加をお断りさせて 頂きます。   期間は6ヶ月です。   すでに半年が過ぎようとしていますが、 2024年後半の6ヶ月の動きは、とても早く、沢山の事が あると思います。例えるなら、今までの5年分の 出来事が、6ヶ月の間に流れていくような感覚です。 これは、風の時代であることも要因の一つです。   具体的な、情報発信の場としては、月に1回、 オンラインでグループ内で情報をシェアします。 その場では、基本的に、どんな質問にお答えする つもりでいます。   毎月開催している、神社ツアー⛩も、何故、そこなのか? というところから、お伝えしていきます。 私の神社ツアーは参加費が無料です。 神社ツアーの告知のYouTube動画を見られた事が あるかもしれませんが、行先、日時、簡単な神社の紹介しか していません。   これは、この場所にいく理由が別にあって、それをオープンに できないからなのです。 この’辺りの話も、このミッションのメンバーには 明かしていきます。   そして、あなたにとって、今、必要なメッセージも 神仏から受け取り、お伝えします。   瀬織津姫をご縁とする方達と集まれるのを 楽しみにしています。   参加費については、 6ヶ月の期間で、   月33,000円で   198,000円(税込) […]

【2024年5月の神社ツアー⛩は栃木県】

日時: 2024年5月21日 終日
場所: 那須湯泉神社, 日本、〒325-0301 栃木県那須郡那須町湯本182

【5月の神社ツアーは、栃木県那須】     2024年5月の神社ツアーのお知らせです。   行き先は   栃木県 那須湯泉神社⛩ (なすゆぜんじんじゃ)     日時 2025年5月21日(火) 午前9時 鳥居下県営駐車場 30台(無料) 駐車場🚗集合   参加費無料   【由緒】 上代より温泉名を冠せし神社は、延喜式神名帳(西暦900年代)に 十社を数え、当温泉神社の霊験は国内に名高く,奈良朝時代の貴族の 温泉浴のことは正倉院文書によりても明らかである。 従って神位次第に高まり,貞観11年(869年)に従四位上を授けられた。 後世那須余一(与一)宗隆西海に扇の的を射るに当たり, 当温泉神社を祈願し名声を轟かして、那須郡の総領となるや 領民こぞって温泉神社を勧請し奉り、貞享3年(1686) 6月19日正一位に叙せられた。 現在那須郡内に約八十社の温泉神社を数うるのをみれば いかにこの地方の信仰を集めていたかが推察される。   【御祭神】 大己貴命(おおなむちのみこと) 少彦名命(すくなひこなのみこと) 誉田別命(ほんだわけのみこと) ホームページより。 そして、この湯泉神社の奥には、 殺生石 があります。   この殺生石には九尾の狐伝説があります。 最初は藻女(みくずめ)と呼ばれたとされ、子に恵まれない夫婦の手で 大切に育てられ、美しく成長した。 18歳で宮中で仕え、のちに鳥羽上皇に仕える女官となって 玉藻前(たまものまえ)と呼ばれる。 その美貌と博識から次第に鳥羽上皇に寵愛されるようになった。 しかしその後、上皇は次第に病に伏せるようになり、朝廷の医師にも 原因が分からなかった。   しかし陰陽師・安倍泰成が玉藻前の仕業と見抜く。 安倍が真言を唱えた事で玉藻前は変身を解かれ、九尾の狐の姿 (『玉藻の草子』では二尾の狐として描かれている)で 宮中を脱走し、行方を眩ました。   その後、那須野(現在の栃木県那須郡周辺)で婦女子をさらうなどの 行為が宮中へ伝わり、鳥羽上皇はかねてからの那須野領主 那須権守貞信の要請に応え、討伐軍を編成。 三浦介義明、千葉介常胤、上総介広常を将軍に、陰陽師・安部泰成を 軍師に任命し、軍勢を那須野へと派遣した。   那須野で、既に九尾の狐と化した玉藻前を発見した討伐軍は すぐさま攻撃を仕掛けたが、九尾の狐の妖術などによって多くの 戦力を失い、失敗に終わった。   三浦介と上総介をはじめとする将兵は犬の尾を狐に見立てた 犬追物で騎射を訓練し、再び攻撃を開始する。   対策を十分に練ったため、討伐軍は次第に九尾の狐を 追い込んでいった。九尾の狐は貞信の夢に娘の姿で現れ 許しを願ったが、貞信はこれを狐が弱っていると読み、 最後の攻勢に出た。   そして三浦介が放った二つの矢が脇腹と首筋を貫き、 上総介の長刀が斬りつけたことで、九尾の狐は息絶えた。   その後、九尾の狐は巨大な毒石に変化し、近づく人間や 動物等の命を奪うようになった。そのため村人は後にこの毒石を 『殺生石』と名付けた。   この殺生石は鳥羽上皇の死後も存在し、周囲の村人たちを恐れさせた。 鎮魂のためにやって来た多くの高僧ですら、その毒気に次々と 倒れたが、南北朝時代、会津の元現寺を開いた玄翁和尚が殺生石を破壊し、 破壊された殺生石は各地へと飛散したといわれる。   玉藻前の経歴は中国古代王朝殷(いん)まで遡る。 殷の最後の王である紂の后、妲己の正体は齢千年を経た九尾の狐であり、 王の妾であった寿羊という娘を食い殺し、 その身体を乗っ取って王を惑わせたとされる。   王と妲己は酒池肉林にふけり、無実の人々を炮烙の刑にかけるなど、 暴政を敷いたが、周の武王率いる軍勢により捕らえられ、処刑された。   またこの処刑の際に妲己の妖術によって処刑人が魅せられ首を切ることが できなくなったが、太公望が照魔鏡を取り出して妲己にかざし向けると、 九尾の狐の正体を現して逃亡しようとした。 太公望が宝剣を投げつけると、九尾の体は三つに飛散した。 しかしその後、天竺の摩竭陀(まがだ)国の王子、斑足太子(はんぞくたいし)の 妃華陽夫人として再び現れ、王子へ千人の首をはねるように そそのかすなど暴虐の限りを尽くしたが、 耆婆(きば)という人物が夫人を魔界の妖怪と見破り、 金鳳山中で入手した薬王樹で作った杖で夫人を打つと たちまち九尾の狐の正体を現し、北の空へ飛び去って行った。   周の第十二代の王、幽王の后、褒姒も九尾の狐とされる。 褒姒がなかなか笑わないので、幽王はさまざまな手立てを使って 彼女を笑わそうとし、ある日何事もないのに王が烽火(のろし)を上げ、 諸侯が集まったという珍事に初めて笑ったといわれ、 それを機に王は何事もないのに烽火を上げ、諸侯が烽火をみても 出動することが無くなり、後に褒姒により后の座を追われた申后の […]

【4月の神社ツアーは 丹生川上神社 下社 中社 上社の3社⛩

日時: 2024年4月18日 終日
場所: 丹生川上神社 下社, 日本、〒638-0021 奈良県吉野郡下市町長谷1−1

【4月の神社ツアーは、丹生川上神社⛩3社巡り】     2024年4月の神社ツアーのお知らせです。   行き先は   奈良県 丹生川上神社⛩3社巡り (にうかわかみじんじゃ)     下社→中社→上社の順に巡ります       日時 2024年4月18日(木) 午前9時 【下社】駐車場🚗集合   参加費無料   まずは、なぜ3社巡りなのかを知って下さい。   👇   【由緒】 今を去る事1300年余り前、第40代天武天皇白鳳4年(675) 「人聲の聞こえざる深山吉野の丹生川上に我が宮柱を立てて 敬祀らば天下のために甘雨を降らし霖雨(長雨の事)を止めむ」 との御神教により、創祀せられました。 事あるごとに心からなる朝野の信仰を捧げ、『延喜式』 (927)には名神大社として、平安時代中期以降は、 祈雨の神として「二十二社」の一社に数えられています。 そして、近代においては官幣大社に列せられました。   丹生川上神社の奉幣祈願は、天平宝字7年(763) 5月28日「旱続きのため、幣帛を畿内四か国の神々に奉り、 そのうち丹生川上には幣帛に加えて黒馬を奉った」 (『続日本紀』)という記述によって歴史上に初めて あらわれます。 以後、応仁の乱の頃までには九十六度もの祈雨奉幣祈願が あったと記録にみられることから、当社がいかに重要な 神社であったかが伺えます。 しかしながら、都が京都に遷り戦国時代以降はそのような 奉幣祈願も中断され、丹生川上神社はいつしか蟻通神社 (※)と称され、ついには所在地さえ不明となって しまいました。   ※蟻通神社の社名は「天皇の吉野離宮行幸の様子が、 遠目にアリが通っているように見えたこと」 によるとされています。 明治維新後、所在不明とされた丹生川上神社の 研究調査が行われました。調査では、明治4年 (1871)に丹生村(現在の下市町)、続いて 明治29年(1896)には川上村の神社が有力視され、 それぞれ官幣大社丹生川上神社下社・上社とされました。 しかし、大正11年(1922)当村出身の森口奈良吉翁による 「蟻通神社こそが丹生川上神社である」と定義した 研究調査が認められ、当社が官幣大社丹生川上神社に 列格され、通称「中社」と位置づけられました。 ここに従来の二社に当社を加え、ひとつの 「官幣大社丹生川上神社」となりました。そこで 「官幣大社丹生川上神社」の社務所を当社に移して、 下社・上社を統括して祭務を行なってきましたが、 戦後神社制度の変遷によって三社は独立。 当社は「丹生川上神社」と登記され、それぞれの社名を もって別々の神社となりましたが、氏子の気持ちに 寄り添い、三社あわせて「丹生川上神社」として 今日に至っています。 中社ホームページより。   という事で、丹生川上神社をめぐるということは、 3社を巡るということで、 3社を巡ります。 自由参加、自由解散です。 ご自身の都合で、離脱して頂いて構いません。   今回は3ヶ所を予定しています。 是非、各所のエネルギーを感じ比べてみてください。     あなたのご参加お待ちしてます。     申込みはこちら!

【3月の神社⛩ツアーは、兵庫弾丸ツアー】

日時: 2024年3月25日 終日
場所: 生石神社, 日本、〒676-0823 兵庫県高砂市阿弥陀町生石171

【3月の神社ツアーは、生石神社⛩】     2024年3月の神社ツアーのお知らせです。   行き先は   兵庫県 生石神社⛩ (おうしこじんじゃ)     日時 2024年3月25日(月) 午前9時 駐車場🚗集合   参加費無料   【由緒】 神代の昔、大穴牟遅(おおあなむち)と少毘古那(すくなひこな)の二神が、 天津神の命を受けて出雲国より播磨国に来られた時に、 二神が相談し国土を鎮めるに相応しい石造りの宮殿を建てようとしました。  一夜のうちに現在の形まで造ったが、工事半ばで阿賀の神 (あがのかみ:播磨の土着の神)の反乱が起こり、宮殿造営を止めて、 現在の神爪地区に多数の神様を集めて反乱を鎮圧している間に 夜が明けてしまい、宮殿は横倒しのまま起こすことができませんでした。  しかし二神は、宮殿が未完成でも二神の霊はこの石に籠り、 永劫に国土を鎮めんと言明されました。以来この宮殿は石宝殿 (いしのほうでん)、鎮の岩室(しずのいわや)と 言われるようになりました。    生石神社では、大穴牟遅命と少毘古那命の二神を御祭神としています。 御肇國(はつくにしらす)天皇と称えられていた第10代崇神天皇の御代に、 日本全土に悪疫が流行して人民死滅の危機になりました。 ある夜二神が天皇の夢枕に現れ「吾が霊を齋き奉らば天下は泰平なるべし」 とのお告げがあったので、此処に生石神社が創建されました。 以来悪疫も終息して天下泰平となりました。 ホームページより   という、不思議な巨石がある神社です。 今回は、この神社の後に、以下の神社をめぐる予定です。   ②魚吹八幡神社⛩️ (うすきはちまんじんじゃ) 〒671-1222 兵庫県姫路市網干区宮内193   ③粒坐天照神社⛩️ (いいぼにますあまてらす) 〒679-4161 兵庫県たつの市龍野町日山463 ④巖石神社⛩️ (いついしじんじゃ) 〒671-2519 兵庫県宍粟市(しそうし)山崎町下町74   ⑤伊和神社⛩️ (いわじんじゃ) 〒671-4133 兵庫県宍粟市一宮町須行名407   ⑥與位神社⛩️ (よいじんじゃ) 〒671-2512 兵庫県宍粟市山崎町与位129 自由参加、自由解散です。 ご自身の都合で、離脱して頂いて構いません。   1日に何ヶ所も違う神社に行くことも珍しいと思います。 是非、各所のエネルギーを感じ比べてみてください。     あなたのご参加お待ちしてます。     申込みはこちら!